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1月 26, 2014の投稿を表示しています
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【明日ママがいない・・パート2】 「明日、ママがいない」騒動に便乗した熊本市長発言への違和感 (東京ブレイキングニュース) 「いじめを助長する!」「自殺者が出たらどうするのか!?」といっ たクレームにより、存亡の危機に立たされている日本テレビのドラマ『明日、ママがいない』だが、遂にはすべてのスポンサーが降りるという非常事態に陥ってしまった。  このドラマは芦田愛菜主演で児童養護施設が舞台となっており、作中に出てくる 「お前らはペットショップの動物達と同じだ!」といった刺激的過ぎる台詞や、子供たちに付けられる 「ポスト」などのニックネームが問題となり、いわゆる「赤ちゃんポスト」の元ネタになった慈恵病院や全国児童養護施設協議会らから「人権侵害だ!」と猛抗議を受けていた。   また今月22日には、慈恵病院がある熊本市の市長が定例会見の中で 「児童養護施設に対する誤解を与えかねない。少女が『ポスト』と呼ばれる必然性がない。現実離れした表現が多い」などと発言している。  さて、人権の守護者たる団体様におかれましてはお勤めご苦労様でございますと言うほかないが、先に挙げた熊本市長の言葉にはいささか疑問を感じる。立場的に「どうしてもそう言わねばならない理由」があったのだろうが、「現実離れした表現が多いから問題だ」というのは見当外れだろう。  では市長様が納得するような「超リアルな描写」をしなければならないとなれば、これまでに起きた数々の「施設職員による陰湿な事件」が事細かに描写されるだけのドラマと化してしまうが、そんな内容を求めていらっしゃるのだろうか? 当然そういう話ではないだろうから、次に出る言葉は「不謹慎だ! 子供が犠牲に! そういうテーマを扱うこと自体が悪い!」であろう。  施設職員が知的障害を持つ女児に対して常習的に性的暴行を加えていたという事件に関しては、いしだ壱成・広末涼子らが出演したドラマ『聖者の行進』で描写され、これも明日ママと同じ野島伸司氏が脚本担当だった。この作品にも今回同様クレームが相次ぎ、スポンサーの三共が降りるという騒動があったが、今では「施設」という密室で起きた現実を一般市民が知るキッカケにもなったと一定の評価を得ている。 このようなテーマのドラマを制作する際は、さすがに個人が特定できるようなシナリオには出来な...

「明日ママがいない」で明日スポンサーがいなくなった!!

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【明日スポンサーがいない】 熊本の慈恵病院が放送中止を求めていた日本テレビの「明日ママがいない」の主要スポンサーが自粛。早期の打ち切りがささやかれている。 子供が世の中の大人たちから迫害を受け、それにもめげず懸命に生きていく「子どもたち」を描いて視聴者の涙をそそる、「家なき子」や「女王の教室」で人気を博した日テレの「看板シリーズ」である。 だからこそ、最後まで放映すれば世間からの支持が得られると日本テレビ側は思っているのだろうか?  主人公の 芦田愛菜は「ポスト」というアダ名を付けられて物語に登場する。 しかし今現在日本には熊本の 慈恵病院以外存在しない。ということは「芦田愛菜」は 慈恵病院の 赤ちゃんポストに捨てられた子供であることは明白だ。 元来テレビの世界では「(子供)(動物)の物語を作れば視聴率が稼ぐことができる」という神話がある。 こういった話は昔から存在した。その代表が「おしん」や「家なき子」である。これらは 「視聴率稼ぎ」の一つの方法でしかない。だからこそ登場人物は細心の注意を払い物語を作るべきであった。日本テレビの視聴率優先の「番組」づくりがこういった問題を引き起こしたのである。 慈恵病院の再三の抗議に対しても「騒ぎ」が起こればますます「話題」になり、さらに「視聴率」が稼げると思ったのであろう。 すぐにでも「放映」を中止して 慈恵病院に対して謝罪するべきである。 この問題は主人公の芦田 愛菜が「ポスト」というあだなを付けられたことが問題であった。これがもし「教会」の前に捨てられた子供であり、あだ名も「教会」などという設定になっていれば問題になってはなかった。 日本テレビのコンプライアンスが問われる重要な問題だ!