【小沢総理誕生!】
記者団に囲まれながら、小沢総理がやってきた。
記者A「小沢代表!総理就任おめでとうございます。」
丁寧に頭を下げた小沢一郎はおもむろに喋り始めた。
「有難うございます。我々民主党は「国民の生活を守る」という名において多くの国民の皆様に約束して政権の座につかしていただきました。
この国民の皆様との約束を初心に立ち返り活動をして参りました。これからも民主党は「国民の生活を守る」をスローガンに全力で活動してゆきたいと考えております。」
記者B「野田前総理とは?」
小沢「野田さんは我々民主党の大切な同士であります。 日本は財政的に見ても非常に厳しい状態ですので財政に詳しい野田氏の手腕も新しい内閣でも奮って欲しいと考えております。」
記者B「財務大臣の可能性は?」
小沢「まだ今の時点ではなんとも・・・。」
記者C「いまだにこじれている「特例公債法」について、総理としての責任は・・・?」
この質問に反応したのか、小沢一郎はそれまでとっていた「にこやかな表情」から一変し、険しい表情を浮かべ、記者Cの顔を睨みつけた。次の瞬間、今度は今日最高の笑顔に変わり小沢一郎は話し始めた。
小沢「特例公債法の成立が滞っていることについて、内閣総理大臣として国民の皆様方、地方の国民の方々に多大な迷惑をかけていることに責任を感じております。できるだけ野党の皆さんとの合意を取り付け、一日でも早く予算の執行を行いたいと考えております。」
と言うと振り返り、一言「だって、自民党さんがokしてくれないと我々だけでは何も出来ないもの!!」と記者たちを諭すように言った。
翌日、自民党の幹事会で「特例公債法」の採決で賛成することを決めた。
事実上の敗北宣言である。
谷垣総裁は自ら自民党総裁を辞する事となった。
翌年民主党が仕掛けた「衆参同時選挙」で自民党は大敗するのである。

高額の電気料金が払えなくなった市民が各地で暴動を起こし始めるのである。急遽、電力の買取価格を下げ始めたが、一向に電気料金は下がらず、最終的にはこの「全量電力の買取価格制度」は廃止された。
太陽光発電業者に多額の融資をしていた金融機関は瞬く間に資金を回収し始めたのである。
「自然エネルギーバブル」はこの年を境に消滅する、と同時に「民主党政権」も終わりを告げるのである。 (終わり)